「薬剤師に処方権を」についての愚見を少しだけ

2023/06/11まとめを追記

「薬剤師に処方権を」というオンライン署名が昨日から始まったみたいなので、少しだけ愚見を申し述べたいと思います。

当該署名での「処方権」の定義

疑義照会簡素化→全薬剤師  
独立型処方権→上位層薬剤師 となっているようです。おそらく独立型処方権というのは特定の疾患と薬剤のみに限定して、医師のように処方できるということなんだと思います。これについては今回は採り上げません。

疑義照会簡素化とは「一包化指示の確認」とか「用法記載の不備」などを保険調剤としての基準を満たすために行う疑義照会を簡素化しようということで、わたしは「処方権」というよりむしろ「調剤権の拡大」なんじゃないかなと思いました。ちなみに「権」は「権利right」ではなくて「権限power」らしいです(小嶋先生のTweet)。

調剤とはそもそもなんだろう

そもそも薬剤師がする「調剤」とはなんだろうと考えてみます。日本薬剤師会薬剤師の将来ビジョン』には調剤業務の変遷が記載されています。

図1.調剤業務の変遷(日本薬剤師会『薬剤師の将来ビジョン』

私なりに「調剤とはなにか」考えてみると、「不特定多数のために製造された医薬品と個々の患者さんとのギャップを埋める業務」と暫定的に定義できるのではないかと思います。「袋詰め」と揶揄される100錠包装の医薬品を処方箋にしたがって28錠(28日分)棚からとって袋に詰める業務も、飲み合わせの悪い薬に気づいて医師に問い合わせてお薬が変更になるのも、お薬の飲み方を患者さんの生活スタイルに合わせて説明するのも、先の定義に一応はあてはまるのではないでしょうか。

処方箋とその結果は1対1対応ではない

同じ処方箋でも薬剤師の違いや個々の患者さんに合わせて、調剤されたお薬やその説明は変わってきます(図2)

図2 同じ処方箋でも・・・

同じ処方箋なら、どこでどの薬剤師に調剤してもらっても同じでしょと思われがちですが、もちろん全く違う結果にはなりませんが、全く同じ結果にはならないです。

そして外科手術であれば優れた外科医に執刀してほしいと思うところですが、薬物療法は基本的には患者さんや介助者が飲んだり使ったりするという主体的なものです。飲み方や気をつけるべき副作用についてなどの知識が患者さん側にも必要です。手術のようにお任せというわけにはいきません。だから調剤は治療効果の違いを生み得ます。レジェンド薬剤師・清水藤太郎は「実に患者の病の運命は(1)処方箋交付時、(2)調剤交付時に定まる」と言いましたが、まさにこのことです。

処方箋とその結果は1対1対応ではなく、薬剤師の裁量による幅が現行制度でもすでにあります。しかも近年、ジェネリック医薬品の変更や残薬調整など裁量の幅が広がりつつあります。

しかしこのことは一般の方々にはあまり意識されないのではないでしょうか。聡明で有能な私の友人に薬が良く効いたのは処方医の腕がよいからで、薬剤師の評価にはならないから、つまらない仕事だねと言われたことがあります。

調剤権の拡大をどう捉えるか

今回の署名活動の主旨が実現すれば、処方箋とその結果の幅を広げるとはいえないが、流動性は高めると思います。これを一般の人々はどう捉えるのかなとわたしはすごく気になります。

調剤は全国どこでも同じ味が楽しめるファミレスのようであってほしいのか、事細かく注文をつけなくてもいつもの髪型が決まる行きつけの美容室のようであってほしいのか。

現行での調剤に対する理解度・満足度が問われているとも感じます。

署名活動の是非

「処方権」もしくは「調剤権の拡大」を目的としたとき、敵を作りそうな署名なんかしないで、もう少し内容を詰めてから進めればそのほうが円滑だったのではなどと思うこともあります。ただ医薬分業自体、市民の同意形成なぞ無しで進んできたので、民意を問うてみるというのは誠実に感じる部分もありました。市民の皆さんに「薬剤師に権限の拡張なんて必要ない」って言われたらそれでおわりですから。

また薬剤師からも賛成・反対さまざまな意見をSNSで知ることができたのも良かったです。海外の状況や、すでに本邦でも実施されている疑義照会簡素化プロトコルなど知らなかったことも多く、非常に勉強になりました。

おわりに

あらためて考えると現行でも「不特定多数のために製造された医薬品と個々の患者さんとのギャップを埋める」調剤自体ほかの医療従事者とくらべてもかなり強力な権限だし、医師に問い合わせする疑義照会もとても強い権限だなとも思いました。当然重い責任があります。

私自身は賛成とも反対とも言えないところですが、「本当に患者さんの利益になる」調剤を積み重ねていくことが大切かなと思いました。

まとめ

① 現行でも「不特定多数のために製造された医薬品と個々の患者さんとのギャップを埋める」調剤はかなりの権限、薬剤師はかなりの裁量がある(ただし、医師への疑義照会を必要とするケースが多く、それを軽減しようというのが今回の署名)。

② 今回は署名だから薬剤師だけじゃなく一般の方々のご意見を聞くことになる。それはとても意義深いことだが、前提として①の事実をどれくらい理解されているのかなと。

③ 筆者の感想:①の事実を理解してもらえるためにも、普段から「本当に患者さんの利益になる」ために仕事をしてゆく事が大切。