第51回日本薬剤師会学術大会(於金沢)のことなど

 この度、2018年9月23日(日)・24日(月・祝)に開催された第51回日本薬剤師会学術大会(於金沢)に参加させていただいた。今回は大会での思い出、学びや気づきを忘れないうちに記しておきたい。

 

 まず驚いたのは分厚くて重い今までのような抄録集のかわりにスマートフォンアプリを使用していたこと、これはこれから様々な学会で主流となっていくと思われる。大会中の医療機器・レセコン展示等でも感じたが、新しい技術がどんどん薬局にも導入されてゆく。チェーン店では設備投資が進んでゆくが、個人経営の薬局ではどうだろうか、ここ十数年なにも変えてないというのが現状かもしれない。経済的に可能な範囲で、信頼性を担保できる医薬品管理・調剤ができるシステムを少しずつでも構築してゆく必要があると感じた。

 

 開会式では「能」が演じられた。演目は「高砂」であっただろうか、たいへんめでたい能であるという。日本の伝統芸能である「能」、長い歴史の中で技術の伝承と向上にかかる努力とはいかばかりであろうか。能の演技という言語化の難しい領域においても、先人は言語化して継承することも忘れなかった。それが世阿弥が記したとされる『風姿花伝』である。『風姿花伝』には修行法・心得・演技論・演出論・歴史・能の美学が記されているが、とりわけ有名なのは「年齢に応じた稽古の仕方」が書かれた章である。幼少期のうちには親があまり厳しく指導せずに、自然にやらせるのがよいというのである。この『風姿花伝』は20世紀にはいるまで秘伝の書であった。

風姿花伝 (岩波文庫)

風姿花伝 (岩波文庫)

 

  薬剤師において服薬指導や薬歴もまた技術を伝え、教育するのが難しい分野である。この分野における薬剤師にとっての『風姿花伝』といえるのが山本雄一郎先生の『誰も教えてくれなかった実践薬歴』(以下『実践薬歴』)である。私は会場にてようやく購入することができ、山本先生にサインしていただきました。ありがとうございます。

誰も教えてくれなかった実践薬歴

誰も教えてくれなかった実践薬歴

 

  『実践薬歴』166-167頁のコラムにも薬局薬剤師の技術の継承に構造的な問題があるという話がある。他人の薬歴をみて学ぶ機会がない薬局薬剤師が多く、技術の継承ができるのだろうかという問題提起で、まさしく私の悩みでもあった。

 

 『実践薬歴』はすでに多くの方がすばらしいレビューを書いてくださっており、私が購入する前だったのでそれを歯痒く見ていたのだが、ここで私がレビューを書く必要性は薄いと思うので、印象に残った箇所を紹介したい。

 

 それはPOSを考案したWeed博士の提言で、POSはコンピュータと相性がよく、SOAPで医療記録をつけるとそれがそのままデータベースになる、という箇所である(『実践薬歴』12頁)。薬歴をつけることは「その」患者さんの役にたつと、しかし薬歴をデータベースとして活用できるなら「まだ見ぬ」患者さんの役にもたつかのうせいがあるのではないかと私は思った。いま、薬歴をデータベースとして活用しているところがどれだけあるか私は知らないが、あまりないのではないだろうか。もしかしたら今の電子薬歴の機能が不十分なのかもしれないが。

 

 もう一つは薬歴のPにはEp(Educational Plan)、Cp(Care Plan)、Op(Observational Plan)があるが、横文字が苦手な私にはもうこれがきつかった。ところが『実践薬歴』ではOp(今後の計画など)を□で囲むことで区別している。これが非常に読みやすく、私は飛び上がって喜び、すぐに職場で実践している。

 

 次にポスター会場であった大原学園。こちらには大原学園の学生さんの制作物がたくさん展示されてあった。「表現したい」とか「好き」といったエネルギーに満ち溢れていて元気をもらった。

 

 大原学園のアートだけでなく金沢は伝統工芸のアートもある。加賀友禅九谷焼漆器などは有名であるが、私の知人が加賀象嵌をされていたので、そちらの工房兼ギャラーにお邪魔させていただいた。象嵌とは金属を掘ってそこに別の金属をはめ込んで装飾を施す技のこと。そして全く凹凸なくなめらかに仕上げられているので、一見するとただ塗装しただけに見えるくらいである。金沢の伝統工芸でもマイナーらしく、技術の継承がやはり課題なのだという。

 

 というわけで今回の金沢への旅のテーマは「技術の継承と向上」「表現したいとか好きというエネルギー」の2点であったのではと思い返す。『実践薬歴』のあとがきに「僕の目には、多くの薬剤師が楽しそうに仕事をしているようには見えない」(168頁)とある。

 私もそういう時期があった。閉局してから施設の処方箋を延々と一包化調剤する、終わらないから休日も。終わったと思ってもまた14日後。なんとか無事に薬を届けるという現状を維持しすることがやっとの日々であった。苦労して作っても薬は飲んだら無くなってしまう、アートのように形に残ったらどんなにいいだろうと(陶芸家に話を伺うと、作品だって売るから手元に残らないよと言われたけど)。

 

 しかし薬歴は形に残るのだ。試行錯誤の記録であるから確実に、しかも文字なので自分個人だけでなくみんなで向上できるのだとおぼろげながら『実践薬歴』を読んで思えるようになってきた。

 

 帰りの新幹線を待っていたら、かつての職場の後輩に出会った。私と同じく新幹線がなかなか取れず19時まで待っているのだという。「来年は何か発表したいですね、会社とは関係ないところで」と彼は言う、素敵な薬剤師たちを目の当たりにして目が輝いているのがわかる。久しぶりに会えて楽しかった、ありがとう。